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海老原喜之助 馬 肉筆 キャンバス 威風堂々とした勇姿 赤色鮮やか 豪華額 真骨頂

   

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海老原 喜之助(えびはら きのすけ)
1923年 19歳で単身渡仏し、パリで創作活動をしていた藤田嗣治に師事。同地から出品した作品が第10回二科展に初入選し、翌年にはサロン・ドートンヌに初入選を果たす。
1927年 フランスの画商、アンリ・ピエール・ロシェと契約し、『窓(カンヌ)』『姉妹ねむる』『サーカス』を制作。翌年にはニューヨークで初めての個展を開き更にサロン・ド・レスカリエにも招待されるが、この頃からフランドル絵画に影響されて青を基調とした雪景の連作を描きはじめる。
1934年 日本で初個展を開催し、翌年には独立美術協会会員に迎えられる。
1940年 日本大学専門部芸術科美術科(現日本大学藝術学部)講師となる。
1943年 日大講師を辞して熊本県水俣市に疎開、そこで終戦を迎えた後、洋画家の宮崎精一を頼り人吉市に移るが暫くは絵筆を折った。
1950年 第1回南日本文化賞に受賞して後に熊本市へ移転、翌年には海老原美術研究所(エビ研)を創立すると同時に第3回読売アンデパンダン展に『スタート』『殉教者』を出品して画業を再開した。
1966年 断続的に渡仏。
1968年 藤田が死去した際には彼の葬式を取り仕切り、その後はヨーロッパのロマネスク美術を訪ね歩きながら創作活動を継続。
1970年 9月19日に、癌のためパリで死去。行年66歳。熊本の小峰墓地にも墓がある。

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